大学生活を支えた「ノートテイク」
最近、ふと思い出したことがあります。10年以上前の話になります。当時、私の大学生活には2台のパソコン、タブレット、たくさんのコードといった機材と、支えてくれる仲間が欠かせませんでした。それは「ノートテイク」という大切な場所でした。
ノートテイクとは、簡単に言うと、なんらかの理由で(聴力など)、講義を受けることが難しい学生のために、情報を届ける方法のひとつです。私の場合は難聴のため、先生の声を隣でタイピングしてもらい、リアルタイムで文字にして届けてもらう「ノートテイク」という支援を受けていました。これがないと、私は講義内容を理解することができません。
まだこの方法、制度や合理的配慮ということばが浸透していなかった時代。講義を一つ受けるにしても、色々と大変な思いをしました。
その大変だった思いを象徴する出来事があります。少し、あの頃を振り返ってみますね。
先生から突きつけられた、心無い言葉
語学の単位が必須で、英語の講義を取ろうと思っていました。その初回のときに、先生から浴びせられた言葉があります。
まずは、講義が始まる前、ノートテイカーさん2人と私で、機材の準備をしました。ノートテイクにはパソコンが必要なのです(この辺についてはまた書きますね)。先生がやってきたので、私はノートテイクについての説明と、必要性、事情をお伝えしました。そして席に戻ります。
すると、先生が私の前にやってきて言ったのです。
「喋れてるじゃない。そんなもの必要ないでしょう」
頭が真っ白になりました。あまりにも一方的でした。確かに講義を取ろうと思った時点での事前説明ができていませんでした。でもそれは非常勤である先生に連絡をとっても、返事がなかったから。初回講義が始まる前にきちんと説明しようと思って、話しに行ったのです。
そして言われたのが、先ほどの言葉。
唖然としました。深く傷ついたのだと思います。私は口をつぐみ、持っていたシャーペンを握りしめました。動くことができませんでした。
私を救ってくれた、仲間の一言
そう言った先生はそのまま戻り、講義を始めようとしています。
「あんもちさん、出ましょう」
ノートテイカーさんのその言葉に、いつの間にか下を向いていた私はハッとし、突き動かされるようにパソコンを片付け、ドアを開け、講義室を後にしました。
向かったのはノートテイクの団体が使っているお部屋。そこで息をついて、私は泣きました。ノートテイクは私にとってはなくてはならないもので、決して否定されるようなものではありません。必要ないという言葉に心抉られました。
ただ、「出ましょう」と言ってくれたノートテイカーさんを私は一生忘れません。言ってくれなかったら、わたしはあのまま講義室で悔しい思いをしながらずっと我慢していたでしょう。そのノートテイカーさんは一緒に怒ってもくれました。あまりにひどいと。
アカハラという現実と、その先
その後、落ち着いた私は団体の顧問の先生に事情を話しました。「アカデミックハラスメント」だということを知りました。顧問の先生は大学に掛け合ってくれたそうです。その後は謝罪などもなく、どうなったのか顛末は私にはわかりません。
もう、その英語の講義を受ける気もなく履修登録は消しました。その代わりに、私はイタリア語を取ることで語学の単位を取得したように思います。
今振り返ってみて、結構覚えてるなぁ、と思いました。それだけ心に残ることだったのでしょう。こうして書くことで、スッキリしたかったのかも。
外見からは見えない「聞こえ」の困難
「喋れている=聞こえている」という誤解。それは、目に見えない障害がある人にとって、ときに言葉の刃となります。10年経った今でも、この誤解は社会の中に根強く残っている気がします。なかなか理解しにくいところ。でも、まずは知ることから。
この記事が、誰かの『当たり前』を少しだけ見直すきっかけになれば、あの日の私の涙も報われるように思います。
「喋れている=聞こえている」という誤解がどれほど当事者を苦しめているのか、それはまた日を改めて、お話しさせてください。


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