宙の端で揺れる星座

 ギシリと軋む音がして、エリーナは振り返った。

「天文学か、興味ないな」
「……じゃあなぜここに来たんですか?」
「さあね」

 ローブを羽織った上にマフラーもグルグル巻きにして、緑と銀のニット帽を深く被ったエリーナが天文塔で望遠鏡を覗き始めたのは15分ほど前。すぐに後を追いかけてきたのだろうか。なんでだろ。そう思ったエリーナだったが、深く考えないことにした。リドルはよくわからない人だ。寮の談話室にいる時、エリーナは大抵いつもの友達と一緒にいて、リドルは大勢のスリザリン生に囲まれながら話していて。お互い寮が同じという共通点はあるものの、接点はあまりなかった。だけど、こんな風に2人きりになることが、最近増えてきた。なんでだろ。先ほど思ったことがまた、ぽんと浮かぶ。でも、深くは考えない。ことにしている。

 自分の心のうちを探ろうとすると、思考がブレーキをかける。それはおそらく、リドルに対する違和感だ。優等生で、きっちりと制服を身に纏っていて、おまけに顔も整っていて、他寮の生徒からも慕われている様子もあるリドルだが、エリーナにはなにか違うものが感じられる。それは具体的になんだろう……と考え始めると、ストップしてしまうのだ。考えるのをやめておいた方がいい。そんな気がして。

「何をしているんだ?」
「……ちょっと、星を探していて」
「へぇ」

 興味がないといった割に、エリーナのすぐそばへやってきたリドルは傍らに置いてある天文学の教科書を手に取った。パラパラとめくっていたが、やがて栞を挟んであったページに辿り着く。その栞をするりと手に取ると、それには目もくれずにページの内容を読み込み始めた。その栞は、エリーナのお気に入りだ。透かすと光るオーロラ素材で、植物をかたどった小さなものではあるが、ホグズミードをうろついていた時に見つけて、すぐに買い求めた。

「この星か? 探しているのは」

 ぱしっと音を立てるように、栞で該当箇所を指すリドル。課題のテーマとして挙げる必要のある、今エリーナが探している星だった。なぜわかったんだろう。栞を挟んでおいただけだというのに。あとそれをぞんざいに扱わないでほしい。そんな気持ちを混じえながら、うんと頷くと、リドルはエリーナが見ていた望遠鏡に手を伸ばした。その手が思ったよりも近くて目を瞑ってしまう。ちょっと身体が震えた気がして、エリーナは、また、あの引っかかる感覚が脳裏をよぎった。客観的に見るリドルと、自分に相対しているリドルの様子。胸に迫る気持ちは、自分の知らないもののようだった。

 カチカチと望遠鏡のレンズを回す音が耳に入ったエリーナが目を開けた先にある光景は、なんだか奇妙なものだった。リドルが真面目に望遠鏡を覗き込んでいる。しばらくそれを眺めていると、リドルが望遠鏡を動かす手を止めた。

「ほら、ここだ」

 その声に、どきりとした。思わずリドルの持つ望遠鏡を覗き込む。丸く縁取られた視界には綺麗な星座があった。

「えっ、天文学、授業取ってないよね?」
「うん、興味ないからね」
「なんで慣れてるんですか、天を読むのって難しいのに」
「さあね。……エリーナ、君はこの星に、どんな意味を見出す?」

 ふっとリドルが微笑んだ。ざぁっと吹き抜けた夜風が、またエリーナの身体を揺らした。視線を戻す。望遠鏡の中の星が、少し滲んだように思えた。

宙の端に揺れる星座

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